2009年10月25日

因果応報

昨日、誰かの受けた悲しみや、痛みを考え、抑えられない怒りや苦しみを共感し涙した人間が、今日は誰かを悲しませ、苦しめる。

こういう人は、いつまでたっても本当の幸せにはなれないと思ってしまいます。

これを書いている私とて知らず知らずのうちに誰かを悲しませ、苦しめているのかも知れません。

過去に於いては、間違いなくいつまでたっても幸せになれない人間でした。

心のあり方で自分の環境が変わり、自分自身が変わり、しあわせだと思えるようにきっとなると思います。

因果応報、善き心で因を行なえば必ず結果はしあわせへと続く事でしょう。

その逆は、望まない不幸せへと流されていくのではないでしょうか

職場でも、近所でも嫉みや中傷と人の嫌がる事をしている人は因果応報の定めによってその報いは受けることになるのでしょう。

誰も因果応報を変えることは出来ないですから、自分だけは大丈夫、私はそんなこと無いと、気持ちはわかりますが・・無理でしょうね。

時間軸で考えて大丈夫だったとか思っているだけで、善き因も悪き因も今生で必ず応報として戻ってきます。

これが誰も変えられない自然の摂理です。

食べたら出る、食べ過ぎたら太る、人妻,素人とかの風俗で気持ちいい思いをしたら通っちゃぁう・・私だけか(笑)・・ね 、生まれたら死ぬ、息をしたらはく。

このことがわかり行動するようになってから私はとてもしあわせです。
根本的な不安もなく悩みもなく生きています。

みなさんも、今日も元気で過ごしましょう。

それでは、また。
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posted by アニキ at 01:09| Comment(11) | OneSpoon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

幸せは自己満足と対極にある




子供の頃にさんまさん(よく、人妻、風俗店でおっぱいもみもみしてるタレント)が出てたCMで、しあわせってなんだぁ〜け、なんだぁ〜けと言うメロディが耳からはなれずに口ずさんでいましたが^^

しあわせの感じ方は人それぞれでしょうけど、私の場合いは自分の欲や満足と対極のところにあることがしあわせなんだと感じるようになりました。

先日、仕事仲間と簡単な打ち合わせの後にパンプキン・シザースの一場面の話をしたら、そう言われてみたら『最近、子供と話してない、仕事にかまけて、ちゃんと会話してない、勉強してるか?友達と仲良くしてるか?など会社の業務か業務報告のような会話、まだ会社の業務報告の方が真剣に聞き、どうしたら良いか考えているかも、と溜息をもらしていました。

そして会社が大事だとか、家族の為だからとか、女房の為とか、
子供の為とか、親の死に目より仕事を優先するんだとか、そういう時代の社会にいたのも確かですし、その頃はそれが正しいし自分は間違っていないと思っていたと・・

         でも気が付くと、

それがいつのまにか、子供が病気しても、誰かが悩んでいても、心から心配していない自分が出来上がり、出世やお金、ステータスにとらわれた生き方になっていたと、それでも自分は間違っていないと思ってた、いや思い込みたかったと打ち明けてくれました。

数年前までは私も同じでした、いや、それよりはるかに酷い生き方でした。

一年に一回あるかないかの休みで必死に働き、何かを置き去りにし、また沢山の人を傷つけ、それでも誰かのため、なにかの為と言い聞かせていたのですから・・・

でも今は、わかります。

それが何かの為や誰かの為ではなく、全部、自分の為だったと。

ただ素直にそれを認める事ができなかった、だから、口から出る言葉は、俺だって分かってる、でも仕方ないんだだとか、お前のためだとか、家族の為だとかと言い続けて生きていた。


だけど本当のところは自分でも気が付いていない、気づきたくなかった
事・・・それは      

        自分がしたい事をして生きてきただけ


と言う事実でした。


振り返れば、正直その時その時に、悩みや、悲しみ、刹那さと色んなドラマはありますし、言い訳も正当化も、しようと思えばできますが

それでも、自分がしたい事して自分勝手に生きてきただけなんだと
認めた時から私の本当の幸せが始まりました。


そして私にとってのしあわせ、人間の本来のしあわせとは欲や満足の対極のところにあるのだと感じられるようになってからは毎日がしあわせに過ごすことがでるようになりました。

気づけて良かった、認めて良かったとしみじみ思う今日この頃です。

それでは、これにて失礼いたします。
















































posted by アニキ at 02:12| Comment(0) | OneSpoon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月19日

千年の時を結ぶ花

水連やハスの花を見たことがありますか?

世の中にはたくさんの綺麗な花がありますが、
私は水連やハスがもつ生命力、他の花にはない何とも言えないあたたかさ、今の現代人が忘れかけた慈しむ心を持った花のように思えます。

薔薇やカサブランカに胡蝶蘭と見た目の美しさにばかりとらわれた幻想の中に生きる人々。
体裁やしがらみ、たてまえに偽り、自分を守る事に奔走し、気づけば自分が誰か、何の為に生きているのか分からない。

今の自分に衣だけ大きくしても、見た目は確かに大きな天ぷらかもしれませんが(昨日は我が家はてんぷらでした)
だけど、衣の味はどんなに食べても衣、海老の味にはなりません。衣を外すことから始めてみたら何かがきっと変わると思います。(けして、夕べのてんぷらに文句がある訳ではございません)

泥の中で育ち咲いた花はあたたかく、力強く、慈しみの心でいっぱいです。
気が付けば苦しみや不安、憎しみや悲しみ、嫉妬に執着とまさに泥の中です。有難うと言う感謝の心を持てば必ず美しい花が咲くと思います。

人工の光や虫もよらない薬に、風をさえぎって、温度調節された中で育ち咲く花。
確かにどちらもパッと見は美しい。

日々の生活、生き方に置き換えても間違いとは思えない。それどころか快適で、苦労や嫌なことより、楽が良い。泥臭いのはカッコ悪い。こんな事さえ考えていました。・・・本当に大切な事に気づくまでは

大切な事、大切なもの、大切な人、大切な何かを知った時、自分の心の弱さ、精神的な未熟さ、自らの力で立ち上がる事の出来なさに気づく日がくると思います・・・
           そんな日まで
 
とにかく正直で良いじゃない。あいつ嫌い、お金欲しい、出世したい、良い女とやりたい、人間には108の煩悩があるのだから、もっと欲を全面にだして、控えめではなく、良い人ぶらないで、本当は愛してるのはあなたじゃなくて自分、我慢は嫌、何でも思い通りいかなきゃヤダ。

衣、増やして生きるより勇気をだして煩悩まる出しで本気で生きたら
きっと気がつく、何が大切か。

中途半端なきれい事どんなにならべてもちょっと風が吹けば枯れる。自分のまわりにいる人に、いざという時に失望した事あるでしょう(笑)
んーそんな経験は私だけ?

泥の中で綺麗な花を咲かせる為の根を生やしている人、咲かせた人、何処かにいますよ。会いたいと思いませんか?そんな人と出会えたなら毎日が幸せですよ。

だけど会いたくても簡単にはいかないと思いますよ、衣をまとっているうちは。

    だから

さー脱いじゃいましょ!すっぽんぽんになりましょ、気持ちィと思います。

そこのあなた早く脱いで、ほら早く〜、すっぽんぽん♪すっぽんぽん♪






posted by アニキ at 05:13| Comment(0) | OneSpoon | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする